SEAT 1
山中は泣かなかった。
私はポチが嫌いだった。だって自分勝手だし私のいう事を聞かない。「おすわり」だってしないし「お手」もしない。私のいう事を聞かなかった。
でも山中の言う事は聞いた。毎日散歩だってしてたし、エサも私があげていた。しつけも私がしていた。
山中が来ると尻尾をこれでもかというくらいに振って近付いてくるポチ。きっと山中は犬と心が通じていたのだろう。私は通じ合えなかった。なんでだろう?
山中にあって私に無いもの。それはポチが死んで始めて分かった。山中は泣かなかった。山中が言い出してポチをどう供養するかをみんなで話し合った。私は悲しかったしポチを大事にも思っていた。でも私はちゃんと埋めてみんなで手を合わせてポチを思う時間があれば良いと簡単に思っていた。山中は自分だけで決めなかった。
きっと山中はポチに対してもそういう姿勢でちゃんとポチの考えを聞こうとしてたんだろうな。だからポチの頭を撫でる時も私のかわりにエサをあげるときも凄く時間がかかっていたんだろう。私はそのとき何も考えてない子どもだったから、「きっと山中は何事もテキパキとできないのだろう」と思っていただけだった。すごくすごく丁寧に。気持ちを込めて接していた。ポチもまたそれを返していただけなんだろう。
「おはよう!!鈴鹿!!おきろ〜!!」
小さな弟が私の上に馬乗りになって飛び跳ねている。元気な弟は朝になると私にとっていつも面倒くさい存在になる。大学に通う私を起こすのが彼の朝の仕事だと思っているらしい。
「わぁかった!起きるからどいてよ〜。もう…」
そういうと弟は笑顔になってどいてくれる。いい事をしたという顔になって納得する。
「今日はパンとコーヒーだよ!!」
そういうと弟は部屋を出て行った。キッチンキッチンに入るとコーヒーのいい匂いがした。
「おはよう。昨日帰ってくるの遅かったけど今日の授業平気なの〜?目の下にクマ作ってたらまた山中君に言われるわよ〜。」
母は後ろ向きにバタバタと弟のお弁当を作りながら言った。毎朝母はバタバタしている。いつもの光景。いつもの朝。
「今日は休講よ。チビが起こしたから起きてきただけよ。」
弟はバツの悪そうに顔をクシャっとして。
「だってお姉ちゃん椿が起こさなかったらいつも寝坊するんだもん。」
誰に行ってるのかわからない方向へつぶやいた。
「はいはい、わかったから椿はお弁当持って幼稚園に行きなさい。もうバスが来る時間よ。」
バタバタの母はバタバタのままで弟にお弁当を渡し、
「じゃ、椿バスに乗せてくるから適当に食べててね。」
と言って、弟の背中を押しながらまたバタバタと玄関へ向かった。
二人の「いってきまーす」という大きな声が響いた後キッチンではテレビの音と私だけが残っていた。
ポチが死んで5年が経っていた。
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♪Evening glow/君がいない街(収録)
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