SEAT 9
山中は約束した
初七日が終わると一段落着いたが、
それでもまだ色々とやらなければいけないことはあった。
お手伝いしていただいた近所の挨拶回りや、
香典返しの名簿整理や、やることは尽きなかった。
不思議だったのが椿だった。
頭と体がごちゃごちゃになるんじゃないかと私が思うくらい泣かなかった。
椿が泣いたのは出棺のときだけだった。
母の知人、
親戚、
みんなが泣いていた。
椿も周りが悲しんでいるのを見てこらえきれずに泣いた。
最初は鼻をすする程度だったものが次第にこみ上げてきて嗚咽になる。
その泣き方は、必死で自分の悲しみを抑えているものだった。
私は、その姿がいじらしかった。
「最後なんだから泣いてあげていいんだよ。」
握っていた椿の手が震えている。
「やだ。
椿はお母さんに僕が強いってところを見せてるの。
だからお姉ちゃんは僕のジャマしちゃだめなの!」
必死でがんばっている小さな手は、椿の心の中みたいに、
私の手をぎゅっと握り締めていた。
小さな震える椿を見ながら私は思った。
あぁ、そうか。山中だ。と。
椿は葬儀の前に山中と約束をした。
「おばさんはどこかで椿をずっと見守っているから、 おばさんに椿は大丈夫だってところを見せてあげないと心配でおばさんはゆっくり出来ないかもしれない。
おばさんを見送るとき。椿は強い子だって、見せてあげような。」
本当は姉の私がすることなんだろうなぁ。
山中が言ってくれたことは、椿にとってこれからの大きな財産になるだろう。
でも・・・ 辛いだろうに。
健気で気丈な子だ。
自分の弟ながら「偉い」と思った。
忙しさが通り過ぎた頃。
私は山中と母とよく行ったあの喫茶店で話をすることになった。
私が初めて生理になったときも、母が父と別れるときも、いつも大事な話はここだったから。
母がいなくなってから、母への尊敬の意味もこめて始まりの場所にしようと思った。
それとまだ、私は母の面影を胸の中に残しておきたかったのだ。
遠くへいってはいない。
そう思いたかったのだ。
でも淋しさだけは、すでに忙しさに負けてしまっていた。
もう、母はここにいないと、山中も私も分かってしまっていた。
だからだろう。
どんな話も淋しさに近づくことはなかった。
これからのこと。
椿のこと。
山中のこと。
私のこと。
私と山中と椿のこと。
いろんな問題を前向きに話した。
幸い母はお金を十分すぎるくらいに私たちに残して行ってくれていた。
椿の養育費も私たちの生活もしばらくは心配しなくてよかった。
少しだけ考えたことと言えば、山中のことだった。
一緒に住むのかどうか、ということ。
「鈴鹿と椿だけで暮らすのは何かと危ないだろうから、
俺もあの家に一緒に住むよ。」
と山中は言った。 でも私は考えた。
私が考えたのは危ないからとかではなく、山中と私が男と女。ということについてだった。
確かに山中とは家族のようなものだと思っている。
でも血はつながっていないのだ。
恋人にもなれるし、結婚だって出来てしまう。
山中が「一緒に暮らす」と言ったこと。
どこまで考えて言ってるのだろう? 分かってないわけではない。
他人のことを考えない人間ではないから。
だとしたら、どういう意味なんだろう?
男と女が一緒に暮らすと言うことをどう考えているのだろう?
山中はどこまで考えているのだろう?
私はどこまで考えればいいのだろう?
少し考えたが、答えはすぐに出た。
私は一つの結論に行き着いた。
私は、山中となら一緒になっても良いと思えていた。
山中がどこまで考えているのか。そんなことはどうでもいい。
山中となら、男女の関係を考えなければ問題なく暮らせると思った。
だから山中がどう考えていようと、私と山中がどうなろうが。
私はこれから起こることのすべてを成り行きのまま受け入れることにした。
むしろ、私が他の誰かと付き合ったとしても、山中と縁を切ることはないだろう。
それならいっそ一緒にいるほうが私たちには自然なことのようにそのとき思えた。
私と山中が付き合う。
そんなことを考えると照れくさいが
「一緒になる」と考えると、これほど自然なことはない。
山中は、私にとって、 お互いの気持ちのいい距離が分かる異性の相手であり、 ずっとそばにいた幼馴染であり、 なにより、いつでもどんなときでも山中は私の味方だから。
山中は、 私の家族を愛してくれる。 私の友達を好きになってくれる。
必要ならば、私を叱ってもくれる。
長い時間を近くで過ごしてきて、私にとってはなくてはならない存在になってしまった山中。
山中にとって保護者同然だった母がいなくなったから、 ここで山中の提案を断ったら確実に関係は遠くなってしまうはずだった。
「山中まで失ったら・・・」
私はたぶん、生きていられないだろう。
そう思った。
山中がいれば、私には安らぐ場所があると思える。
私は、それほどに山中を信頼していた。
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